| 慶長4年(1599年) |
可兒孫右衛門(かにまごえもん)は美濃(現在の岐阜県)藩主稲葉貞道
(いなばさだみち)が臼杵に移封される事となり、商人や僧侶、薬種商等
に変装した7人の先遣隊の一人として来臼し、城下の探索をした。
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| 慶長5年(1600年) |
商人に変装していた可兒孫右衛門は、臼杵城下本町で鑰屋を興し、
探索を続けながら商いをし、後に来臼した次男・可兒傳蔵(でんぞう)と
共に鑰屋を手広く発展させて行き、鑰屋の初代を可兒傳蔵改め
可兒傳右衛門直博(かにでんえもんなおひろ)とした。 |
初代 |
可兒傳右衛門直博(なおひろ)(以降、代々「傳右衛門」を襲名) |
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| 2代
慶安3年(1650年)
万治2年(1659年)
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可兒傳右衛門直該(なおかね)
町役人として本町十人頭任じられる。
本町年寄り役に選ばれ、以後鑰屋は代々本町十人頭、町年寄りを
勤める。第3子、可兒玄好(げんこう)は伊藤仁斎・東崖(いとうじんさい・
とうがい)親子の京都堀川塾に1685年入塾。
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| 3代 |
可兒傳右衛門直長(なおなが) |
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| 4代
明和2年(1765年)
安永4年(1775年)
天明1年(1781年)
文化4年(1807年)
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可兒傳右衛門直致(なおいた)
為替受合役
役銀礼場御用掛
為替方御用掛
殿様御馳走掛
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5代 |
可兒傳右衛門?? |
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| 6代
文化5年(1808年)
文化8年(1811年)
文化12年(1815年)
天保8年(1837年)
天保9年(1838年)
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可兒傳右衛門直當(なおてる)
御勝手方御用掛
家譜年寄(株年寄)
切手両替掛
向店醤油蔵拡張
帯刀許される |
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| 7代 |
可兒傳右衛門直則(なおのり) |
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| 8代
明治16年(1883年) |
可兒傳右衛門直茂(なおしげ)
二王座に醤油工場拡張 |
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| 9代
明治
明治
明治
明治
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可兒傳右衛門直慶(なおよし)
臼杵商談会設立
臼杵銀行設立
臼杵商業学校設立
日豊線鉄道誘致 |
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| 10代
昭和11年(1936年)
昭和38年(1963年)
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可兒傳右衛門直昌(なおまさ)
合資会社可兒商店に改組
可兒醤油合資会社に改組 |
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| 11代 |
可兒傳右衛門直孝(なおたか) |