荘田 平五郎(しょうだ へいごろう)

(1847〜1922)
嘉永元年(1847年)荘田充命の長男として塩田(しおた・臼杵市の地区名)に生まれる。
慶應3年、藩命により江戸の「青地信敬塾」で英語を学び
その際福澤諭吉を訪ね、「西洋地理書」を購入した。
帰藩後、宮川玄水と共に「鹿児島藩学開成所」に入塾、
平五郎は洋学、玄水は医学を学んだ。
明治2年、24歳で慶応義塾に入塾。
明治8年には三菱商会に入社、福澤諭吉の友人の岩崎弥太郎に引き取られ
三菱の最高幹部になる。
可兒孝次郎より6歳年長だったが、友人であり公私共に仲が良かった。
一例を挙げれば、平五郎がヨーロッパに外遊したした折
当時としては非常に珍しかったイギリス・ジレット社の電気カミソリを
土産に買って来たり、福澤諭吉宅には同伴で度々訪問していた。
その他、沢山のエピソードは孝次郎の日記に記されている。
また、愛郷心が強い平五郎は臼杵出身の人を多く、慶應・三菱に入れている。