可兒 才蔵(かに さいぞう)

(1554〜1613)

時は関ヶ原の合戦、槍の名手と言われた才蔵は合戦の火蓋が切って落とされると
活躍は著しく他の武将を抜きん出ていた。
才蔵は最多の十七の首を取ったが持って帰るに帰れず、そこで知恵を絞った才蔵は
自分の手柄として生首の一つ一つの口に笹を銜えさせた。

他の武将から「槍の才蔵と言われながら手柄なし」と笑われたが、
才蔵は「生首が笹を銜えさせている数を数えるがいい」と豪快に言い放った。
十七名の首に銜えさせた笹から「笹の才蔵」と呼ばれた。

後年、知恵があると言われた才蔵は、広島市に才蔵寺を建立、中にある地蔵は
味噌地蔵と呼ばれ脳みその神様転じて現在では受験の神様と呼ばれている。

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